登山は好きですが、俗に言う山雑誌にはほとんど触手が働きません.
これは前にも書きましたが、ボクのようなゆる〜〜い登山をしているものにとって、あまりにもライターの皆さんの生活や考え方が違うように思えてから、なにかこの手の雑誌読む気がまったくなくなりました.
俗に言う ・・・・・ 引いちゃう、って感じ.
登山ルートやいろいろな山の情報だったら、ネットでみんなゲットできます.
ギアにしたって、月一回程度の山登りが趣味の一般会社員にとって、年間のほとんどを山で過ごすような人たちが使う高額・高機能な物が、色々な意味でマッチするのか疑問なのです ・・・・・ これは前にも patagonia の友人とも話したんだけれど、この不景気な時代に、いくら性能がいいと言ってもそんな高額な物買えないよ、って.
逆に個人ブログなどの記事を見て、こんなの使ってるんだ、こんなに安いんだ ・・・・・ というほうが、よっぽど自分に合っていると思ってます.
そんな感じで、世間で言われている 本離れ しちゃっている訳ですよ.
そんな山雑誌嫌いが珍しく山雑誌買っちゃいました
まぁボクの場合、今まではさんざ 「ジャズ評論家大嫌い! ライナーノーツ読まない! 」 だったのに、いつの間にか "いつもの小川さん" とか言っているので、山の天気同様コロコロ変化しちゃうんですね ・・・・・ きっと大人になるってこういうことなんだろうと、ポジティブ・シンキング ! (笑)

今回購入した雑誌は写真の "PEAKS 12 月号"
今このブログを読んでいる方は気がついたかもしれませんが、記事の右隣のリンク・バナーにしっかり "PEAKS" があるんですね ・・・・ 正直言うと、数か月前まではこの雑誌を定期的に読んでいました.
で、今回購入したのには大きな訳があります ・・・・・ 単純に内容が面白そうだからとはちょっと違います.
PEAKS に記事を書いているライター 森山氏 のブログに、上記のような最近の本が面白くないというような内容でコメント入れたら、「・・・・ お願いですから読んでください。 で、おもしろくなかったら、あるいは心に全然響かない文章だったらこのコメント欄にて、罵倒してください ・・・・・」 との返信があったので、そこまで言うんだったら読んでみようかと.
ということで、今日はこの記事について書いてみましょう.
この号の特集は、 "書を読んで山に登ろう!" で山岳文学の舞台となっている山をライターが辿るというもの.
その中で 森山氏 は、 新田次郎 の "聖職の碑 (いしぶみ)" の舞台となった 木曽駒ケ岳 に登っています.
この "聖職の碑" は、大正 2 年(1913 年) に長野県中箕輪高等小学校で実施された 木曽駒ヶ岳 集団登山における遭難事故を実話に基づき書かれたものです.
この遭難で、 赤羽 校長を含む 11 名もの命が奪われています.
四方を山に囲まれた 長野県 では、小中学校で必ず登山が行われています (ボクの推測では、県内の小中学校すべてといっても決して過言ではないでしょうね) .
ボクも 長野県 生まれですので、小学校の時に恒例となっている地元の山に一泊で登った記憶があります.
それほど、 長野県 の人々にとって学校登山というのは身近な存在なのですが、この事故の起きた大正初期の時代はこういった登山などを通じた実践教育が行われ始めた頃のようです.
こういった大量遭難事故があったにもかかわらず、現在まで学校登山が広く続いていることもすごいことです.

(馬ノ背 から将棊頭山 (しょうぎかしらやま) 方向の稜線 : 昨年 10 月撮影)
では 新田次郎 の小説ではなく、 PEAKS の記事の感想でも書いてみようかな.
こういった記事がかなり難しいことは、素人のボクでもわかります.
事故という事実があり、それに基づいた原作があり、そこを約 100 年後に登った感想があり、そして山やルートのことも書かなくてはならない.
赤羽校長が登場したり、生徒が登場したり、新田次郎が登場したり、森山氏が登場したり ・・・・・・・・ ともすると読んでいるほうの頭の中がグチャグチャになってしまいそうです.
それを考えると、結構よく書けていますね ・・・・・ 読みやすい文章ではないでしょうか.
最初に結論を書くと、まぁ面白く (内容が内容なので、面白いという表現は不適切かな?) 読むことができました.
「偉いぞ、森山」 なんて声をかけたくなりました (笑) .
でも ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
残念なのが、p.31 の文自体が読みにくい ・・・・・ 写真と文字の色が被ってしまい、非常に読みにくいんですよ.
折角の記事も、これでは読む気が失せてしまいます ・・・・・ テンション ↓↓ もったいないなぁ.
以前にも、こういったことが PEAKS ではあり、他の方もたしかブログか何かで同じことを書いていた記憶があります.
読みやすいというのが、まず一番だと思うんですがね.

(駒ケ岳 から 馬ノ背 を経て 濃ヶ池 分岐)
文中に小説の部分が 「 」 書きで記載されていますが、もう少し区別付くように前後にスペース取ったりしたらどうだろうか ・・・・ ボクの個人的な感想なんですが、それでなくても複雑な文章なので、もう少し工夫すると、読んでいるほうの気持ちの切り替えもできるのではないかと感じてしまいました (これはきっと、 p.31 の感覚を引きずっているのかもしれません).
ちなみに PEAKS の特集の最初、 高橋庄太郎 の "「高熱隧道」をめぐる旅" 文中には、逆に小説部分があえて挿入されていません ・・・・・ 写真の上にそれとわかるように少しだけ.
こういった書き方も、逆に小説読んでみようかな、と思ってしまいます.

(濃ヶ池 : 昨年 10 月撮影)
昨年 木曽駒ケ岳 を登った際に、 馬ノ背 から 濃ヶ池分岐 を経て、 濃ヶ池 から 駒飼ノ池 というルートを一人で歩いてきました.
森山氏も文中に書いていますが、 千畳敷 や 乗越浄土 の混雑に比べ、こちらのルートは閑散としています.
ボクもこのルートをたどった時、出会ったのはたった 4 人だけでした.
その時に記事を読んでいたら、きっと 将棊頭山 の遭難碑まで足を延ばしていたでしょうね.
この手の雑誌の記事は、行程も長いのでどうしても地図も小さめになってしまいますが、できればもう少し大きめな地図にルートを入れ、さらに写真の撮影位置なんかも記載してくれると、 「ここからはこんな景色が観れるんだぁ ・・・・、じゃあ次はこのルート行こうか ・・・・」 的に、単純なボクなんかはなるんですがね.
万が一道に迷った時でも、そういえばあの記事の写真でこの山がここから見えるということは ・・・・・ なんてうまい具合にはなかなかいかないか (笑) .
まぁ折角素敵な写真を撮っているんですから ・・・・・・ 「・・・あたりから撮影」 だけだとピンとこなんですよね.
この記事を読んで、 新田次郎 の小説を読みたくなりましたし、来年は 将棊頭山 まで行ってみようかなと思っている今日この頃です.
そう言う意味では、まぁいい文章ではないでしょうか ・・・・・・ ねぇ、森山さん.
これは前にも書きましたが、ボクのようなゆる〜〜い登山をしているものにとって、あまりにもライターの皆さんの生活や考え方が違うように思えてから、なにかこの手の雑誌読む気がまったくなくなりました.
俗に言う ・・・・・ 引いちゃう、って感じ.
登山ルートやいろいろな山の情報だったら、ネットでみんなゲットできます.
ギアにしたって、月一回程度の山登りが趣味の一般会社員にとって、年間のほとんどを山で過ごすような人たちが使う高額・高機能な物が、色々な意味でマッチするのか疑問なのです ・・・・・ これは前にも patagonia の友人とも話したんだけれど、この不景気な時代に、いくら性能がいいと言ってもそんな高額な物買えないよ、って.
逆に個人ブログなどの記事を見て、こんなの使ってるんだ、こんなに安いんだ ・・・・・ というほうが、よっぽど自分に合っていると思ってます.
そんな感じで、世間で言われている 本離れ しちゃっている訳ですよ.
そんな山雑誌嫌いが珍しく山雑誌買っちゃいました
まぁボクの場合、今まではさんざ 「ジャズ評論家大嫌い! ライナーノーツ読まない! 」 だったのに、いつの間にか "いつもの小川さん" とか言っているので、山の天気同様コロコロ変化しちゃうんですね ・・・・・ きっと大人になるってこういうことなんだろうと、ポジティブ・シンキング ! (笑)

今回購入した雑誌は写真の "PEAKS 12 月号"
今このブログを読んでいる方は気がついたかもしれませんが、記事の右隣のリンク・バナーにしっかり "PEAKS" があるんですね ・・・・ 正直言うと、数か月前まではこの雑誌を定期的に読んでいました.
で、今回購入したのには大きな訳があります ・・・・・ 単純に内容が面白そうだからとはちょっと違います.
PEAKS に記事を書いているライター 森山氏 のブログに、上記のような最近の本が面白くないというような内容でコメント入れたら、「・・・・ お願いですから読んでください。 で、おもしろくなかったら、あるいは心に全然響かない文章だったらこのコメント欄にて、罵倒してください ・・・・・」 との返信があったので、そこまで言うんだったら読んでみようかと.
ということで、今日はこの記事について書いてみましょう.
この号の特集は、 "書を読んで山に登ろう!" で山岳文学の舞台となっている山をライターが辿るというもの.
その中で 森山氏 は、 新田次郎 の "聖職の碑 (いしぶみ)" の舞台となった 木曽駒ケ岳 に登っています.
この "聖職の碑" は、大正 2 年(1913 年) に長野県中箕輪高等小学校で実施された 木曽駒ヶ岳 集団登山における遭難事故を実話に基づき書かれたものです.
この遭難で、 赤羽 校長を含む 11 名もの命が奪われています.
四方を山に囲まれた 長野県 では、小中学校で必ず登山が行われています (ボクの推測では、県内の小中学校すべてといっても決して過言ではないでしょうね) .
ボクも 長野県 生まれですので、小学校の時に恒例となっている地元の山に一泊で登った記憶があります.
それほど、 長野県 の人々にとって学校登山というのは身近な存在なのですが、この事故の起きた大正初期の時代はこういった登山などを通じた実践教育が行われ始めた頃のようです.
こういった大量遭難事故があったにもかかわらず、現在まで学校登山が広く続いていることもすごいことです.

(馬ノ背 から将棊頭山 (しょうぎかしらやま) 方向の稜線 : 昨年 10 月撮影)
では 新田次郎 の小説ではなく、 PEAKS の記事の感想でも書いてみようかな.
こういった記事がかなり難しいことは、素人のボクでもわかります.
事故という事実があり、それに基づいた原作があり、そこを約 100 年後に登った感想があり、そして山やルートのことも書かなくてはならない.
赤羽校長が登場したり、生徒が登場したり、新田次郎が登場したり、森山氏が登場したり ・・・・・・・・ ともすると読んでいるほうの頭の中がグチャグチャになってしまいそうです.
それを考えると、結構よく書けていますね ・・・・・ 読みやすい文章ではないでしょうか.
最初に結論を書くと、まぁ面白く (内容が内容なので、面白いという表現は不適切かな?) 読むことができました.
「偉いぞ、森山」 なんて声をかけたくなりました (笑) .
でも ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
残念なのが、p.31 の文自体が読みにくい ・・・・・ 写真と文字の色が被ってしまい、非常に読みにくいんですよ.
折角の記事も、これでは読む気が失せてしまいます ・・・・・ テンション ↓↓ もったいないなぁ.
以前にも、こういったことが PEAKS ではあり、他の方もたしかブログか何かで同じことを書いていた記憶があります.
読みやすいというのが、まず一番だと思うんですがね.

(駒ケ岳 から 馬ノ背 を経て 濃ヶ池 分岐)
文中に小説の部分が 「 」 書きで記載されていますが、もう少し区別付くように前後にスペース取ったりしたらどうだろうか ・・・・ ボクの個人的な感想なんですが、それでなくても複雑な文章なので、もう少し工夫すると、読んでいるほうの気持ちの切り替えもできるのではないかと感じてしまいました (これはきっと、 p.31 の感覚を引きずっているのかもしれません).
ちなみに PEAKS の特集の最初、 高橋庄太郎 の "「高熱隧道」をめぐる旅" 文中には、逆に小説部分があえて挿入されていません ・・・・・ 写真の上にそれとわかるように少しだけ.
こういった書き方も、逆に小説読んでみようかな、と思ってしまいます.

(濃ヶ池 : 昨年 10 月撮影)
昨年 木曽駒ケ岳 を登った際に、 馬ノ背 から 濃ヶ池分岐 を経て、 濃ヶ池 から 駒飼ノ池 というルートを一人で歩いてきました.
森山氏も文中に書いていますが、 千畳敷 や 乗越浄土 の混雑に比べ、こちらのルートは閑散としています.
ボクもこのルートをたどった時、出会ったのはたった 4 人だけでした.
その時に記事を読んでいたら、きっと 将棊頭山 の遭難碑まで足を延ばしていたでしょうね.
この手の雑誌の記事は、行程も長いのでどうしても地図も小さめになってしまいますが、できればもう少し大きめな地図にルートを入れ、さらに写真の撮影位置なんかも記載してくれると、 「ここからはこんな景色が観れるんだぁ ・・・・、じゃあ次はこのルート行こうか ・・・・」 的に、単純なボクなんかはなるんですがね.
万が一道に迷った時でも、そういえばあの記事の写真でこの山がここから見えるということは ・・・・・ なんてうまい具合にはなかなかいかないか (笑) .
まぁ折角素敵な写真を撮っているんですから ・・・・・・ 「・・・あたりから撮影」 だけだとピンとこなんですよね.
この記事を読んで、 新田次郎 の小説を読みたくなりましたし、来年は 将棊頭山 まで行ってみようかなと思っている今日この頃です.
そう言う意味では、まぁいい文章ではないでしょうか ・・・・・・ ねぇ、森山さん.














